きっかけは父のひとこと。

私は左利きかもしれないと思いながら、ずっと右利きとして生きてきました。

特に不便はなかったけど、「左利きなの?」と言われることはたまにありました。

私は、箸も筆記も右手です。

箸に関しては、幼い頃からどちらの手でも食べることができましたが、大人になるまで右手で正しく箸を持つことができませんでした。

試しに左手で持ってみると、正しく持つことができましたが、

「箸は右手で持つもの」

という意識しかなかったため、右手で食事をしていました。

出産をきっかけに、「子どもの手本になりたい」と思い、右手で正しい持ち方を練習し、なんとか習得しました。

怪我で右手が使えない時などに、左手を使っていましたが、今考えれば正しく持てていた左手で食べれば良かったのかもしれません。

ある時、久しぶりに会った父に、

「あれ? 左利きじゃなかったの?」

と言われて、すごく腑に落ちたんです。

幼少期の写真には、左手でお絵描きをしたり、スプーンを持っていた姿が残っています。

そのため、もしかしたら左利きだったのではないか、と自分でも感じていました。

成長するにつれて、新しく何かを始める時は、どちらの手がうまくできるか試すようになりました。

右手では不器用に感じることでも、左手でやるとうまくいくことが今でもあります。

それで解決していたので、特に不便もなかったんです。

ただ、父にあの言葉を言われてから真っ先に思ったのは、

「もしかして私、100%の能力を発揮してないんじゃないか?」

ということでした。

生まれつき得意な方を使った方が、もしかしたら上達も早いかもしれない。

体育の授業のソフトボールだって、苦手だった編み物だって、それこそ右手のお箸だって、いろいろ苦戦したことはありました。

もしかしたら、最初からうまくできていたのかもしれない。

そう思い、まずは実験的に左手で食事をすることから始めました。

もともと左手では正しく箸も持てていたので、多少の違和感はあったけど、すぐに右手と変わらない程度に使えるようになりました。

このことをきっかけに、「得意な方を使った方がポテンシャルがあるかもしれない」と思い、実験を続けることにしました。

このブログでは、そんな過程を記録していこうと思います。

ちなみに、両手に箸を持って、左手でご飯を食べながら、右手で取り分けのサラダを取った時には、

家族に「ザリガニみたい」

と言われて、笑ってしまいました。

子どもの前ではお行儀が悪いので、今はやめるようにしています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました